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佐川の「歴史」をたどる軌跡 サービス−サービス開発[多様化 1]

1998(平成10年)〜

発展を見せる多彩な飛脚便。

かねてより強い要望のあった保冷輸送サービス。
佐川急便は1999年、「飛脚クール便」の全国展開を果たし、続く2000年には「飛脚クール便(冷凍)」サービスも実現しました。
また時を同じくして佐川急便メールセンターも竣工し、「飛脚メール便」が本格スタート。
お客さまの多様なニーズに応えられる飛脚便ラインアップをそろえました。

「飛脚クール便」のクールボックス(1998年)
佐川急便(東京)敷地内に完成したメールセンター(2000年)
300方面の仕分可能な飛脚メール便の仕分システム(2000年)
「飛脚クール便」〈冷凍〉〈冷蔵〉シールではっきり明記
「ル便BOX車」と呼ばれた「クール便BOX」搭載車(1998年)

飛脚クール便を全国展開。

1998年初夏、現場で働くセールスドライバーから強い要望のあった保冷輸送サービスの開発のため、クール便プロジェクトが立ち上げられました。
プロジェクトのメンバーは、各ブロックでどれだけの設備投資が必要かを試算し、全国展開時の費用を算出。
全国展開に備えてトライアル版「飛脚クール便」を、北海道と北陸ブロックを発送側、東京23区を到着側として開始しました。
また、佐川車体(現・佐川ギャラクシーモータース)は、3タイプの飛脚クール便専用車輌を開発。
その他、全国どこの店所でも必要なとき、必要な量のドライアイスを供給できる体制を整え、1999年3月、飛脚クール便の全国展開が始まりました。
当社のクール便は温度管理に徹底してこだわり、集配車からすぐにお届けする場合でも、きちんと保冷ボックスに収納して戸口まで運ぶなど、高品質をアピールしたためお客さまからも好評をいただき、取り扱い個数も順調に増えていきました。

スタートした「飛脚メール便」。

お客さまの要望に応え、1999年10月から一部地域において「飛脚メール便」の運用を開始しました。
飛脚メール便は、書籍や雑誌、商品目録など、比較的軽量な荷物を荷受人の郵便受けに直接投函するシステムです。
2000年11月には、貨物追跡システムに対応できる新システムを採用し、佐川急便(東京)内に飛脚メール便の仕分けを行う佐川急便メールセンターを竣工しました。
佐川急便メールセンターの3階にある自動仕分機は、OBR(光学式バーコード読取装置)と、OCR(光学式文字読取装置)で宛先を瞬時に読み取り、1時間に最大3万個という、当時国内最速・最大級の仕分能力を有していました。
この東京のメールセンターの竣工を機に、各地でメールの仕分け設備を整備していきました。

飛脚クール便(冷凍)サービス開始。

飛脚クール便の開始後、保冷輸送の中心である冷凍分野への新たなサービスを展開するため、飛脚クール便(冷凍)のプロジェクトが始まりました。
集配車の室内温度をプラス5℃に保つだけのクール便(冷蔵)と異なり、クール便(冷凍)の場合は、集配車や路線トラックに搭載する冷凍庫内の温度をマイナス18℃以下に保ちながら、その冷気をうまく循環させ、冷蔵庫内の室温をプラス5℃に保つという、予想以上に難しい試みでした。
この冷凍と冷蔵の温度差を調整するためのシステムを開発し、各地を走行している集配車に、高性能、高品質の「冷蔵・冷凍・ドライ」専用車仕様の改造を施しました。
そして1999年、技術面およびコスト面の課題をクリアして改造された3タイプの専用車輌のテスト走行と各ブロックでのデモ走行が行われ、2000年3月、ついに「飛脚
クール便(冷凍)」サービスの全国展開が始まりました。

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